関連本など
雑感・感想
勝海舟伝は数あれど、おおかたは幕末維新期までを主題とし、明治以降の生涯にもなると精々まとめや撫でる程度にあつかわれるのがむしろ大半。本書は江戸城あけわたし以後にも同等の筆をついやし、その全生涯を書ききった現今のぞめる海舟伝の最高水準と私奨します。
あとがきによると、本書は月刊誌『Ronza』(『論座』)連載「遥かな海へ 勝海舟の生涯とその後」を一往の原型としながら、ほとんどが改訂と書き下ろしによって成りたてる作品のようで、筑摩書房サイトにいわせと書下ろし千八百枚、畢生の決定版評伝
とのこと。構成は全928ページ中、目次と参考文献以下をのぞいた本文・補注が900ページ弱、そのうち江戸城あけわたしをふくむ八章までが約380ページ、これに戊辰戦終結や廃藩置県までをふくむ九章を架上すると計約450ページ、さらに明治維新を西南戦争で一区切りとみるなら十一章までたして計約520ページの配分になります。あくまでも「幕末維新期の海舟にだけ興味がある」という方はページ量を勘案し、読否の参考にでもしてください。
ついで読みながら感興をもよおして点など色々挙げていきたいところですが、なにぶん話題が個別にはいりすぎるので省略にまかせ、全体からうけました特徴としては
●海舟の生涯を年次順におう編年体記述だが、話題や筆のいきおいで話しが結構前後する。
●海舟日記を資料として多く活用しているため、論題における海舟動勢が日単位でくわしい。
●海舟自筆史料の意図や特徴、その取り扱いについて説明が懇切である。
●先行史資料について、つど忌憚ない意見が開陳されている。
●時々の交際関係に詳しく、海舟との関係性から拾える情報が豊富である。
などなどです。
副読本としては「講談社版『勝海舟全集』を是非お手元に!」と太鼓をかつぎたい気もしますが、余程のマニアか研究者でもないかぎり所詮無茶な話しなので(少なくとも私には無茶)、そのうちの一冊『勝海舟全集 別巻 来簡と資料』でもあれば本書の読みに、一層の奥行きが加えられるかと思います。なお最後三章くらいは日清戦争前後の話題が中心になるので、当時の外交情勢や戦の背景など是非つかんでおくと良いでしょう。理解の助けになるのは勿論ですが、読んでいてその方が面白いかと思います。
評伝としての情報量はまさに圧巻。
筑摩書房:二〇一〇年二月一〇日 発行:4,900円(税抜)
(平成二二年四月一〇日識)