関連本など
雑感・感想
本書は名にしめされる通り、坂本龍馬書簡の全現代語訳です。原文は基本掲載されていないので、まず座右に(当然なければないで何の問題はないんですが)『坂本龍馬の手紙 講談社学術文庫』など用意しておけば、龍馬を多角的に理解する一助にはなろうかと思います。
訳文は龍馬書簡一四〇通および「新政府綱領八策」一項をおさめ、補章として寺田屋遭難・長幕戦争・龍馬の死にかかわる文章など六項をおさめます。各項は推定年月日と宛先を基本的な見出しとし、宮川禎一氏判断による文章の重要度が☆
で印され、そのとなりには現在判明している蔵所先も明示されています。訳文には()
のかたちで、文章理解を助ける補足的な文が挿入されており、手紙にありがちな当事者間でないと理解に苦しむという文章も、予備知識なしでシッカリ読めるよう手が加えれています。訳文の後段には書簡の歴史的立ち位置を教えてくれる解説、下段には人物や用語についての脚注もあるので、「龍馬? 名前なら知ってるけど……」という程度の初心者にも読める内容になっているのではないでしょうか。斯く予備知識がなくとも障害すくなく理解できるよう配慮・構成がなされている一方、宮川氏が旧著(『龍馬を読む愉しさ』など)にてあきらかにした研究の成果や近年新聞などに取り上げれた発見など、情報性自体も新しいので、読み手によってはその点も本書を手にとる理由の一つにはなろうかと思います。
基本となる構成や特色は以上ですが、上述のほかに私個人が注意をひかれました点には雑破ながら
●安政三年九月二九日付書簡の宛名が、これまでの「相良屋源之助」から「相良屋源三郎」に改める必要があること。
●慶応二年夏ごろ乙女にあてたと推測されている手紙について、これを一年早い慶応元年夏ごろのものと推定し、文中の将軍家を地下ニ致候事
という表現を将軍を諸候の列に落とす
と解釈していること。
●龍馬の書簡に何度かみえる「義理」という表現について、「あるべき正しい道理」のような意味
と明確に説明していること。
●慶応二年一二月四日付坂本家宛書簡にみえるピストル弾倉の表記がちゃんと六連装のものとして描かれていること(私は寸心さんのブログ記事「龍馬が使用したピストル」にてこのことを知ったばかりだったので妙にタイムリー)。
●慶応二年一二月四日付乙女宛書簡にて描かれる霧島の図について、元になる絵が別にあ
るのではないかと指摘していること。
●慶応三年六月二四日付乙女・おやべ宛書簡にみえる国家の御為命すてるにくろふハせぬ位なものニて
を国家のために命をすてるほどの苦労を嫌がるような人柄で
と訳していること(この訳にはちょっと違和感がないこともないので)。
●慶応三年一〇月九日付坂本権平宛書簡について、実物書簡から確認できる墨移り
の跡から、執筆時のあわただしい様子まで指摘・説明していること。
●補章にて紹介されている寺田屋事件にまつわる中井弘の書簡が、私はなにげに初見なこと。
などがあります。
翻訳とはつまるところ一種の注釈作業なので、他者の解釈に興味などお有りの方は御一読をオススメいたします。
教育評論社:2012年6月9日:1,800円(税抜)
(平成ニ四年六月二三日識)