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土佐藩年譜

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幕末土佐藩

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文化六年〜天保十四年


文化六年(1809年)
豊資五月一八日山内豊資、第十二代目の土佐藩主となる
文化七年(1810年)
豊資五月領内の郷士・地下浪人・漁師らに海防を命じる
九月安芸郡北川郷民、阿波国へ逃散
文化十一年(1814年)
豊資六月一一日半知借上令を布告する
一一月二九日借滞払方延期令を発する
文化十二年(1815年)
豊資一月二六日陽貴山に東照宮を勧進建立する
二月二九日山内豊熈、生誕
二月東照宮の勧進建立および潮江称名寺の作事成就にともない十六名の新規郷士を認める
文化十三年(1816年)
豊資五月大北川銅山の再掘を申請する
某月町会所札を発行する
文政二年(1818年)
豊資某月遠近治左衛門、幡多郡中村に私塾鶴鳴堂を開設
文政二年(1819年)
豊資一二月一四日職人賃銀を定める
文政三年(1820年)
豊資一月二〇日天明の省略令を復活させる
文政五年(1822年)
豊資一一月一六日仁井田郷士・窪川郷士の募集をおこなう
文政六年(1823年)
豊資九月高岡郡下分の農民、徒党を組んで強訴を計画
文政七年(1824年)
豊資六月六日山内豊惇、生誕
文政八年(1825年)
豊資二月連枝山内大隈、教授館総裁に任ぜられる
七月七日行政整理をおこなう
八月三日第十代目土佐藩主山内豊策、五十三歳で没する
九月二七日山内豊賢、第七代目の土佐新田藩主となる
某月中村に義倉を設置
文政九年(1826年)
豊資三月二日諸士・奉公人の浪人制を定める
九月六日遊行警慎上人、土佐へ来国
文政十年(1827年)
豊資一月七日清国江南の船が漂着する
閏六月五日奉行職・大監察・参政の定員を昔の三人制へ戻す
一〇月九日山内容堂、生誕
文政十一年(1828年)
豊資四月一〇日諸士の神儒仏兼学(心学)を禁止する
五月一六日仁井田郷士・窪川郷士の募集をおこなう
文政十二年(1829年)
豊資五月二九日教授館の改築が終了
八月五ヶ年省略令を布告する
九月二七日武市半平太、土佐国長岡郡仁井田郷吹井村に生まれる
某月山内家の祝事を祝い家中武士の二、三男数名を郷士に登用
某月土佐郡森郷農民、結束して直訴を謀る
天保一年(1830年)
豊資閏三月長岡郡戸手野と繁藤のあいだに新道が完成
天保二年(1831年)
豊資某月家老伊賀氏、陪臣たちの教育機関として宿毛に日新館を設立する
一二月一七日幕府から増上寺徳川秀忠廟の修繕を命じられる
天保三年(1832年)
豊資七月教授館内に医学席を設ける
天保四年(1833年)
豊資七月藩校教授館に医学の講議を追加
天保五年(1834年)
豊資二月二〇日五ヶ年省略令を布告する
二三日行政整理をおこなう
某月竹村東野、私塾成美塾を江ノ口に開設
天保六年(1835年)
豊資三月一九日鳴無村々民、初穂米を天皇・将軍・藩主へ献じたい旨を請願する
一一月一五日坂本龍馬、土佐国高知城下(上町)本丁筋一丁目に生まれる
天保八年(1837年)
豊資二月二二日大坂蔵屋敷詰の諸士、大塩平八郎の乱に警戒(乱が起きたのは一九日)
三月一五日藩主行列に薙刀の所持を許される
四月一八日吉村虎太郎、土佐国高岡郡津野山郷芳生野村に生まれる
同月井口・小高坂・潮江・江ノ口の庄屋層、席次身分の問題で郡奉行に対し訴訟状を起草する
天保九年(1838年)
豊資四月一三日中岡慎太郎、土佐国安芸郡北川郷柏木村に生まれる
五月二日幕府からの命により領国に節約を命じる
二二日幕府巡検使一行、土佐へ来国
六月江戸城普請のため献金をおこなう
天保十年(1839年)
豊資五月一五日山内豊資、江戸からの帰国の途上、伊勢神宮を参拝
八月一日家中に倹約令を布告する
一二月諸士に対し、それぞれの家系譜を提出させる
天保十二年(1841年)
豊資一月山内大隈、教授館総裁を辞退する
五月一日藩政の刷新を宣言する
八月教授館医学席を医学館に改称
九月六日山内豊資、幕府の天保の改革にならい親政の令を布告する
一二月郷分庄屋、秘密同盟を結び待遇の改善を要求する(天保庄屋同盟)
天保十三年(1842年)
豊資一月二六日阿波国農民、土佐国豊永郷に逃れ来る
七月六日吾川郡名野川郷民、国産問屋との軋轢により伊予国へ逃散
秋頃教授館から医学館を独立させ帯屋町に校舎を新築
天保十四年(1843年)
豊熈三月七日山内豊熈、父 豊資の隠居にともない第十三代目の土佐藩主となる
八月一〇日条令十三箇条を布告する
閏九月一五日厳略令を布告し冗員整理をおこなう
同月連枝山内大学、教授館総裁に任ぜられる
一一月一八日異学の禁をやぶりし馬淵嘉平らおこぜ組を罰する(おこぜ組の獄)
同年藩校教授館より医学を分離、帯屋町に医学館を設ける

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(平成某年某月某日識)

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