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筆録篇


激飮狂舞 主ハ其財ヲ費シ 客ハ其禮ヲ失ヒ 以テ気合シ意投ズト為ス 是俗風ニ流ルル 而予之取ラ不ル所也
松蔭吉田矩方先生遺誠也。慶応元年丙寅元月首四謹録。

吉田松陰

 中岡が久坂玄瑞に自らのぞんで貰いうけたという吉田松陰の絶筆二詠。松陰本人との面識はない中岡だが、久坂や高杉晋作の師 吉田松陰に対する傾倒のほどが察せられる。

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孤臣紲縲ニ在リ 胸間百憂集ル 只知ル今朝有リテ 明日有ルヲ知ラズ 暁鴉屋上ニ叫ビ 旭日獄窓ニ透ル 之ヲ拝シテ空シク涕涙シ 之ヲ聞イテ又断腸ス 断腸ハ恨寃ニ非ズ 涕涙ハ惜命ニ非ズ 外患ハ吾君ニ迫ル 此邦ノ政ヲ如何セン
島村君ノ嘱ニ亡友高杉東行獄中詩ヲ録ス。

高杉晋作

 慶応三年の在京中、土佐勤王党時代からの同志島村寿太郎の求めに応じて与えた高杉晋作の獄中詩。

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朝市山林岐ツ可カラズ 能ク険寂ヲ忘ル是レ男児 人間足ヲ挙グレバ尽ク王土 従ヒ巣由ト化シテモ之ク所無カラン
梁川翁ノ詩ヲ録ス。

梁川星巌

 安政大獄のおり捕縛される寸前のところで病死した勤王家にして、かつ詩人としても知られる梁川星巌の詩を写したもの。

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三尺ノ佩刀三寸ノ筆 節義風流此ノ中ニ在リ
淺いこころとひとにはみせて よるは千鳥でなき明す
秋湖先輩之吟

高杉晋作・久坂玄瑞

 「秋湖先輩之吟」という詞書がいささか紛らわしいが、上段の漢詩は高杉晋作が同藩楢崎弥八郎にあて贈った漢詩の一節。下段は久坂玄瑞が吟じたという都々逸である。

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宿志平生期ス所有リ 放狂管セズ世人ノ疑フヲ 秋風昨夜吟魂冷カナリ 独リ江頭ニ立チテ柳枝ヲ祈ル
東行居士

高杉晋作

 高杉晋作が二十七歳ごろ作したと伝わる漢詩。この詩は『高杉晋作全集』には掲載されておらず『中岡家文書』にのみ見られるものらしい。

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今皇ノ神武古ヨリ無シ 勅論正大海隅ニ逮ブ 海隅ノ蒼生皆感激シ 東夷北狄来蘇ヲ待ツ 如何セン将軍没シテ群牧沮シ 内患連結シテ外胡ヲ引クヲ 嗚呼草奔臣有リ君知ルヤ否ヤ 五港風急ニシテ野航孤ナリ
松陰吉田先生戌牛年ノ詩。

吉田松陰

 安政大獄のなか吉田松陰の残した漢詩を中岡が写したもの

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険ニ臨ミ危ニ臨ム豈衆ヲ待タンヤ 単身孤馬乱丸ノ中 沙辺枕甲腥風ノ夕 幽夢悠々海東ニ至ル
丁卯端牛、東行子ノ詩ヲ録ス。

高杉晋作

 中岡が高杉晋作の死を京都において知り、哀悼の意を込めて録したと推考される漢詩。ほかの詩の事とあわせ考えてみると、中岡は高杉の詩をよほど気に入っていたものと思われる。

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(平成某年某月某日識)

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