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小林和幸『谷干城 憂国の明治人 中公新書』につき雑感


小林和幸『谷干城 憂国の明治人 中公新書』

概要

『谷干城 憂国の明治人 中公新書』 坂本龍馬の二歳下に土佐で生まれた谷は、幕末期、藩主山内容堂に見込まれるが、尊皇攘夷、討幕の志を持ち各地を奔走。明治維新後は、軍人として台湾出兵、西南戦争を勝利に導き名望を集める。日本初の内閣で入閣するも、西欧見聞後、議会の重要性、言論の自由を主張し藩閥政府を批判して下野。以後、貴族院を舞台に日清・日露戦争で非戦論を貫くなど、国家存立のため国民重視を訴え続けた。天皇と国民を深く愛した一明治人の生涯。
[帯から引用]
序章 生い立ち
第一章 激動の幕末のなかで―攘夷から討幕へ
第二章 明治維新後―陸軍軍人として
第三章 真民権・反藩閥 政治家への道
第四章 洋行体験と立憲思想の深化
第五章 貴族院議員時代I 藩閥政府との対峙
第六章 貴族院議員時代II 国民とともに
終章 明治の精神と谷干城
[目次から引用]

雑感

書感 はじめに断っておくと私は表題の谷干城について、これまで『谷干城遺稿』・略伝・その他周辺資料から拾いひろい情報を把握してきたという程度で、平尾道雄『子爵谷干城伝』嶋岡晨『明治の人 反骨 谷干城』・松沢卓郎『谷干城』・渡辺義方『谷将軍詳伝 国家干城』・城南隠士『谷干城 武人典型』といった個人伝を読んだことがなく、本書からは西南戦争以降を中心におおく教えられる点がありました。

 全体の構成は本文約240ページ中、四分の一にあたる61ページまでが幕末期、ついで97ページまでが明治武官期、のこりの六割弱が武官系の職を辞した政治家時代のあつかいになります。特徴としては、ときどきにおける干城の思想や行動上目途としていた動機・意図などについて言及がおおく、思想の深化や変遷、その人物把握(読者への人物像の提示)に意をもちいた著者の姿勢がうかがえます。

 本書前半は干城にかかわる同時代史料の数に制約があるせいか、おりに挿話をまじえた初心者にも飽きのこない緩急のついた展開な一方、後半は近代政治然とした主題内容や史資料の引用増加にともない、人によってはやや堅い印象をうけるかもわかりません。

 明治期における政治思想との関わりで筆のおよぶおもな話題には、徴兵制・外征・軍隊・自由民権運動・憲法政治・議会政治・政府および議会と皇室との在り方・華族の政治的役割・政党・政府と議会の権力関係・不平等条約問題・軍備拡張予算・日清戦争などがあり、それぞれ彼の意図したところと採った対応について、紙数に限りもあるなか要となる説明をされています。この点に興味・関心・問題意識のある方には、おそらく掛け値無しにオススメできる内容でしょう。

 本書で著者が提示している人物像は、終章の干城は、幕末以来「私」[私利私欲を優先する利己的な「個人主義」]の政治を憎んだ。[中略]干城が「個人主義」を否定したのは、「公」を求めたからである。干城が言う「国家のため天皇のため」すなわち「公」とは、権力から自由な国民一人ひとりが私利私欲を捨てて他者を思い他者に尽くすことを意味したのではないか。という説明に端的にあらわれており、この線による理解が結果的に本書の基調になっています。

 この人物像の当否については、本書および他の史資料を比較して個々人がそれぞれ判断すべきところだと思いますが、私個人の意見としては幕末維新期の干城像にこれまで持っていたものとの違和感は特になかったですし(その思想に安井息軒の古学派的な影響があるという指摘は面白いと思いました)、政治家時代の干城像についても合点しいしい飲みこめる説明がおおかったです(判断する私の情報量に不安があるため、単純に飲みこみにくい点も当然ながらあります)。

 私としては「ほかの伝記も読んだうえで、それと対比をさせつつ理解したいな」と動機づけさせてくれる一書でした。

中央公論新社:二〇一一年三月二五日:800円(税抜)

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(平成ニ三年六月二五日識)

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