関連本など
雑感・感想
京都国立博物館上席研究員宮川禎一氏の本。第I部が京都龍馬会会報『近時新聞』連載記事(平成二十一年九月一日から平成二十八年九月一日まで)をまとめたものであり、第II部が高知県立坂本龍馬記念館季刊誌『飛騰』内「現代龍馬会」連載記事(平成二十二年四月一日から平成二十八年十月一日まで)をまとめたもの。第III部は本書のための書き下ろしで、イギリスの世界遺産「ストーンヘンジ」が現在"太陽崇拝祭祀施設"と目されることに関わる日英史のお話。
本書の第I部は一項目がだいたい6ページ前後、第II部が見開き2ページにおさまる随筆・随想で構成されており、肩をはることもなくサクサク読みすすんでいけたのが印象的。当然、龍馬に関する話題が本書の中心をなしているものの「幕末維新史雑記帳」という副題がしめす通り、龍馬の周辺・関係者にまつわる話題や幕末維新という括りだけで龍馬とは直接関係のない記事も多い。
例えば第I部の場合、丹波山国隊史料にみえる千葉道場の月謝など費用(桶町千葉道場の月謝
)、千葉佐那が指導をした宇和島藩の姫君「正姫」(ある姫君の生涯
)、維新後の千葉重太郎と京都体育演武場について(千葉重太郎のその後
)、パークス護衛時に使用した中井弘の刀(ギザギザの日本刀
)、『新選組物語』にみえる虎の素性(新選組余談
)、槇村正直がとった諸"開化"施策(槇村正直の明治維新
)、宇和島藩を例にみる幕末期の音信の速度(手紙の速度
)、再建寺田屋と杜本神社の古代風石碑(寺田屋と隼人石
)、藤原道長経筒の筆跡(筆跡鑑定の真偽
)、近江屋後裔井口新助氏(井口新助氏の想い出
)、福沢諭吉の牛乳推奨(食生活の文明開化
)、『今昔物語集』にみえる武士(武士の起源
)、孝明天皇御陵造営にみえる復古調(孝明天皇陵に見る王政復古
)、青木周蔵と福沢諭吉(青木周蔵の開眼
)、などはそれに当たるだろう。
龍馬に関する話題としては新発見「越行の記」の重要性
と再発見!龍馬の脇差
が、それぞれ平成二十六年(2014年)の新発見書簡(NHKのバラエティ番組「突撃!アッとホーム」にて偶然発見されたもの)と平成二十七年の再発見脇差(備前長船勝光同宗光合作)をあつかっており、書簡の全文翻刻、脇差発見の経緯など本書の中では取り分け資料性が高い。
そのほかにも個人的には龍馬評価の東西性
(人物評価の地域性についての話し)・龍馬は無名だったのか?
(ヨミダス歴史館を利用した知名度調査)・矛盾する史料のはざま
(龍馬書簡にみえる千葉佐那と宮川氏が個人的に資料からもった印象の差異についての解釈)・高松千鶴の便箋
(安政三年秋ごろ推定される龍馬宛高松千鶴書簡の用紙についての話し)などは龍馬好きとして純粋に読んでいて面白く、同好の方には一読を薦めたくなる。
第I部「龍馬評価の東西性」。つまるところ人の史観は出身や環境に引っ張られやすくどうしても客観なんて無理なのだという事を坂本龍馬にたいする評価で実感しておられるっぽいお話。本項は言い回し(書き様)が大変ぶっちゃけたものになっており、それがやたらと印象に残ります。 #幕末維新史雑記帳
— 松裕堂 (@syoyudo) 2016年11月15日
第I部「龍馬は無名だったのか」。時に御定まりに見掛ける「龍馬は無名」だった論に対してその知名度を明治の新聞記事数に限り測ってみようという記事。ヨミダス歴史館の検索機能を利用する手法がユニークな事と結果が私の予測するラインにだいたい一致してくれたのが印象的。 #幕末維新史雑記帳
— 松裕堂 (@syoyudo) 2016年11月15日
第II部「『浪華のことも夢のまた夢』」。龍馬書簡にみえる「露の命」という表現・発想を秀吉辞世の上句に求めている記事。正直、歌語として古く(『万葉集』以降)から定着している「露の命」という表現をことさら秀吉辞世に限る必要はないんじゃないかなと個人的には思います。 #幕末維新史雑記帳
— 松裕堂 (@syoyudo) 2016年11月15日
第II部「『御用捨無之方』」。桂小五郎書簡中にみえる件冒頭の龍馬評を「自分の命への遠慮までがない方」という意味に訳されていることに膝を打ちました。私的には「用捨」を辞典的な「必要としないこと」と解し後文から「警戒を用いない人」的な解し方をしていたのでスッキリ。 #幕末維新史雑記帳
— 松裕堂 (@syoyudo) 2016年11月15日
教育評論社:二〇一六年十一月一日:1,600円(税抜)
(平成ニ八年一一月一五日識/同日追記)