雑歌篇
恋わ思案のほかとやら 長門のせとの稲荷町 ねこもしやくしもおもしろふ あそぶ廓の春景色 ここにひとりの猿廻し たぬき一匹ふりすてて 義理もなさけもなき涙 ほかにこころハあるまいと かけてちかいし山の神 うちにいるのにこころは山路 さぐりさぐりて いでて行
龍馬が下関稲荷町から朝帰りをしたさい、お龍の不興をとこうとして即興でつくったという歌。猿廻し
が龍馬、たぬき一匹
と山の神
がお龍のことを指すらしい。この歌でお龍も目出たく機嫌をなおしたくれたそうなので、龍馬の機転と愛嬌が勝ち。
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さいふ さざいふ しんちゃしんちゃ あづまかいどで エイラそつきのや かつのや おしゆ てれんこ てんしょうが おにやうぼ ちうちうや すみやのまんちう きんちうさんは ぜぜす ややす いまからやいた やけのせんてい こんぽうたんは いけづるや ぜつくりや おせぜつくり せつくりと づうぼがはまから パーパー
龍馬が伊藤九三の妻に教えた「唐人の寝言」と題する俚謡。方言と思われる節まわしがおおく、私には意を解しがたい。自信のある方はぜひ翻訳を試みてください。
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とんとん登る梯子の真中程で 国を去つて薩摩同志 楼に上る貧乏の春 辛抱しやんせと目に涙
歌中の薩摩同志
は土佐の地名で三円という大坂船の発着所のこと、「三円遠し」を「薩摩同志」と変じ故郷の遠さを歎く。三句目の春
は楢崎龍の変名「お春」のことで、当時の楢崎家は父の死去により貧苦のなかにあったため、斯くうたったものという。私的にはむしろ唐代の詩人廬ソンの「南楼望」の一〜二句目去國三巴遠 登楼万里春
(国去りて三巴遠く、楼に登りて万里春なり)をふまえた歌かと思われるのだが……。
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花のお江戸の両国橋へ 按摩さんが眼鏡を買いに来た ヨサコイ ヨサコイ お医者の頭へ雀が止うまる 止うまるはずだよ藪医者だ ヨサコイ ヨサコイ
龍馬作詞によるヨサコイ節の替え歌。龍馬は同志らと料亭にのぼり、興にのってくると芸妓たちのまえでこの歌を披露したという。その声は朗々として玉をころがすような愛らしい声であったそうな。
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今日をはじめと乗り出す船は ケイコ始めのいろは丸
いろは丸の処女航海のさい、隊士たちとうたったという唱歌。
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船を沈めたその償いは金を取らずに国を取る
長崎でいろは丸事件の世論を盛り上げ、なおかつそれを味方につけようと桂小五郎らと流行らせた歌という。歌の字句については伝わる資料によって異同もおおいが、上記はもっとも代表的なものと思われるので掲げる。
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松もたのしいが 風がふかんげな 梅ハ春くりや 花もさく ヨイサ 実モナルゲナ
所謂「龍馬詠草三」に書かれている歌。
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各盃を回して興を尽し闌に及んで
雨にほころぶ 初山桜 咲いた心が 知らせたい
小吉なる歌妓に与えたという都々逸。
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(平成某年某月某日識)
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