史跡廻国記
京都史跡記(三)
大阪史跡記(一)
兵庫史跡記(一)
撮影地:大阪府高槻市清福寺町あたり
昭和四十五年(1970年)以降の発掘調査によって発見・裏付けのなされた郡衙の跡。郡制のしかれた奈良時代、この地には郡を統括する政庁がおかれた。写真はその郡衙を三分の一に縮小し、かつ平面表示にしたものとのこと。
職員である郡司には地方支配の便宜上、上古以来の在地有力氏族が選ばれ登用されることがおおかった。摂津国三島郡から分離・成立したここ嶋上郡・嶋下郡の場合、建日穂命の後裔を称する三嶋氏(カバネは県主、のち宿祢)が該当する有力氏族として知られている。
(平成某年某月某日識)