史跡廻国記
秋田史跡記(一)
京都史跡記(三)
兵庫史跡記(一)
撮影地:秋田県秋田市寺内高野2-17
秋田城から東方に位置する高清水公園の空素沼(からすぬま)南方に鎮座する空素沼神社。名は沼の形がカラスの飛ぶ姿に似ているからだそうで、もともと名前は「狼ヶ沢」(大神ヶ沢?)と称されていた由。
祭神は高龗神(たかおかみ)で、同神の著名神社には京都の貴船神社がある一方、『日本三代実録』貞観七年(865年)二月二七日条にみえる高泉神
を当沼の神に比定する意見もある。
雨の神様をまつるせいか、その手の霊験譚がしられ、佐竹義和が藩主をつとめいていた時分(天明五年〜文化一二年-1785年〜1815年)に沼でおこなった雨乞いに効験をしめし、藩主は一祠を建て、その功にむくいたと伝えられる。
幕末の佐竹義堯の代には、秋田藩修験大頭斎藤清淳が雨乞いにこたえ、降雨をみた話しがつたわっており、霊感のつよい人なら変な意味で楽しめるスポットなのかもわからない。
撮影地点よりもっと奥に行けば、沼ちかくに祠などあるらしいのだが、あいにく側から町内会の集まりらしき声が聞こえるので「ズカズカ進むも無粋かな」と、この地点にて進行をやむ。
所謂「小町塚」や幕末明治期の画人荻津勝章撰文碑など、奥のほうにはあるらしい。
(平成二二年一二月一九日識)