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根緒城跡


山口史跡 H23.10.31(〇〇三)

根緒城跡
撮影地:下関市彦島江の浦町3丁目1番

  • 年代:平安時代末期
  • 同域史跡:清盛塚

 彦島八幡宮から南東に直線で約3kmほどの距離にある平氏の城跡推定地の一つ「根緒城」の跡。

 手もとの語り本系『平家物語』(新潮集成・岩波新大系)には、彦島での防衛関する事となると平家は長門の引島に着き給ひぬとか、平家は長門国ひく島にぞつきにける程度の情報しか見えないので、なに因って当所が城跡と比定されているのか、私はつまびらかにできない。

 アパートや住宅地ちかくのここへたどり着くまでの案内板には、見出しとして「清盛塚」という、所在する供養碑の名がつかわれており、地元における関心は、真偽未詳の城跡情報よりむしろ、れきと存在している塚にこそ向けられているようである。

 説明板によると、この塚は平知盛が持ち込んだ父清盛の遺骨を砦と定めたこの丘陵の小高い場所に納骨し建立された墓碑なのだそうで、ちかくには「地鎮神」と刻まれた碑がみえたりもする。

 ありがちな真偽の点はともかくとしても、いまでは同地における一種のモニュメントとして、機能しているのだろう。

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(平成二四年一月一一日識)

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