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土佐藩概略

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新政府役職

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功労

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幕末土佐藩

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天誅組


軍令
一、この挙、元来武家の暴政、夷狄の猖獗によつて、庶民の難苦限りなく候を、深く宸襟を悩まされ候事、傍観に堪えず、止む事を得ざる処なれば、仮令敵地の賊民といへども、本来御民のことなれば、乱暴狼藉、賊貨を貪り、婦女を姦淫し、猥りに神社や家屋等に放火致し、私に隆人を殺すこと、これ有るまじき事。
一、軍事は号令厳ならざれば、一軍の勝負にかかはり候間、違ふ所あるべからず、もし違背する者は、軍中の刑法、歩を移さずといふ事、兼て心得申すべき事。
一、恐れ多き事に候へども、諸軍とも毎朝、伊勢大神宮ならびに京都禁裏御所に向ひ遙拝致し、奉公の外一点の私心を挟まず候段、誓ひ奉るべき事。
一、火の用心第一に致すべく、夜八ツ時以後は、諸小屋とも火を消し申すべく、但し鉄砲隊長の所にては火縄の用意、格別の事。
一、合詞は出陣の度びごと変り候故、総裁職より差し図いたし候条、別言と交らざる様、心掛け専用の事。
一、行軍中、又戦場にては、たとひ数歩のうちに大利大害これあり候とも、鼓に進み、貝に止まり、鐘に退く約束、堅く相守り、猥りに動揺あるべからず候事。
一、武器ならびに衣食等は、自他乱雑これなき様、取り始末第一の事。
一、陣中私用にて、他の小屋へ往来すべからざる事。
一、陣中喧嘩口論、酒乱放歌等、総じて高声談話等、致すべからず候事。
一、敵の強き、味方の不利を談じ、兵卒の気をひくじき候儀致すまじき事。
一、戦場に於て、たとひ私の遺恨あるとも見捨て申すまじく、元より味方の勝敗に拘はり候へば、厳科すべき事。
一、敵地往来は勿論、我が親族たりとも私に交通致し候こと堅く禁制たるべし、もし敵中より書状さし越し候はば、封のまま其の部将どもに見せ、監察方にて開封の上、事情密に言上致すべき事。
一、進退、言語、互ひに礼節を守り、僭上不敬、我意を推し立て、功を争ひ、名を競ひ、不和を生じ、果たし合ひ等致し候儀は、其の害、其の罪、賊に準ずべし。
右の条々、堅く相守り申すべく候。この外、敵に利ありて味方に害ある事致し候はば、其の罪籍すべからず。一心公平無私、土地を得ては天朝に帰し、功あれば神徳に帰し、功を有する事有るべからず。我等もし此の儀に違ひ候はば、則ち皇祖天神の冥罰を蒙り、民人親族ともに放れん。汝等もし此の儀に違ひて、私する所これあるに於ては、忽ちに天誅神罰を行はん。汝等宜しく此の儀に在し、其の罪を犯す事勿れ。此に皇祖天神に誓ひ、将軍士卒に告ぐ。

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■結成〜壊滅
文久三年八月一四日〜九月二四日
■主将
中山忠光
■備考
 文久三年八月一三日に発せられた大和行幸計画の先駆けとして結成された草莽部隊。
 吉村虎太郎の誘いでくわわった侍従中山忠光の回状をうけ、京都方広寺に集った三十八名の浪士たちは伏見から堺へと下り、高野街道を東へと進んだ。そこでかねてからの同志水郡善之助ら河内勢と合流した一行は、南朝ゆかりの観心寺を詣でたのち忠光の筆で攘夷決行の奉請と正式な討幕の勅命を朝廷にもとめ、五条代官所を襲撃する。ここに「五条御政府」ないし「五条御役所」と称する組織を結成し付近に年貢半減を布告した。
 やがて平野二郎が三条実美・真木和泉らの内意をうけ派遣されるも、彼らの挙兵反対には耳をかすことなく、京では八月一八日の政変がおこり天誅組はまったくの孤立状態に落ちいった。すでに五条代官所を襲撃している以上、天誅組は断固決戦の意志をかため、追討令にそなえて本陣を天辻へ移動。さらに追討軍の襲撃を待たずにこちらから反撃へ転じることに決し、高取城を攻撃したがこれに失敗。引き続き城に夜襲をかけるべく向った吉村は、味方の誤射で腹部(内股とも)に重傷をおってしまう。
 その後、天誅組は各地を転戦しながらゲリラ戦で勝ちを得ることもあったが所詮、大勢に影響を及ぼすことは出来ず、脱落者を出しながらも河内方面への脱出を企図する。しかし鷲家口方面に布陣する彦根や紀伊藩兵との戦闘において吉村や藤本鉄石、松本奎堂ら三総裁はあいついで自刃戦死、主将中山忠光も池内蔵太らに守られながら長州へと落ちのびたことで、事実上ここに天誅組は壊滅した。

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天誅組の組織
主将中山忠光
総裁吉村虎太郎藤本鉄石松本奎堂
側用人池内蔵太
監察吉田重蔵那須信吾酒井伝次郎
銀奉行磯崎寛
勘定方平岡鳩平
記録方伴林六郎
執筆方辻幾之助尾崎濤五郎
小姓頭渋谷伊予作石川一
合団方宍戸弥四郎森下儀之助
小荷駄奉行水郡善之助森本伝兵衛
小荷駄方前田繁馬
小荷駄方下役木村楠馬山口松蔵
武器取調方安岡嘉助伊藤三弥
兵糧方鴨川清三郎林豹吉郎
兵糧方下役福浦元吉

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吉村虎太郎
吉村虎太郎
那須信吾
那須信吾
池内蔵太
池内蔵太
伴林六郎
伴林六郎
水郡英太郎
水郡英太郎
中山忠光
中山忠光
藤本鉄石
藤本鉄石
松本奎堂
松本奎堂

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天誅組主要隊士名簿
土佐出身吉村虎太郎那須信吾安岡嘉助池内蔵太
伊吹周吉上田宗児木村楠馬中倉才治郎
土居左之助森下幾馬森下儀之助島並間
沢村幸吉楠目清馬鍋島米之助安岡斧太郎
島村省吾前田繁馬田所騰次郎
大和出身岡見銕蔵今西甚之助岸尾徳三郎北本重次郎
倉本常之助玉置佐助山香愛之助油上覚兵衛
乾虎蔵丸谷源之助野崎主計林浜次郎
林豹吉郎深瀬繁理関為之助熊代竹蔵
島本嘉吉田中安二郎中勘蔵橋本秀助
安田哲吉尾中要蔵毛利喜右衛門良厳
今村文吾植村定二郎乾十郎田中主馬殿
橋本若狭平岡鳩平
河内出身伴林六郎水郡善之助水郡英太郎長野一郎
田中楠之助上田主殿和田佐市赤井見龍
吉田八十助森将蔵松崎万吉三浦主馬
森本伝兵衛吉年米蔵鳴川清三郎中村徳治郎
武林八郎浦田弁蔵
久留米出身酒井伝次郎半田門吉江頭種八荒巻半三郎
鶴田陶司山口直蔵中恒健太郎小川佐吉
三河出身松本奎堂伊藤三弥宍戸弥四郎
鳥取出身石川一磯崎寛船田彦次郎
淡路出身古東領左衛門福浦元吉田村平一郎
備前出身藤本鉄石飯井半平
備中出身原田一作原田亀太郎
京都出身中山忠光辻郁之助
紀伊出身沢田実之助井沢宜庵
常陸出身渋谷伊予作岡見留次郎
肥前出身保母健尾崎濤五郎
肥後出身竹志田熊雄
筑前出身吉田重蔵
江戸出身安積五郎
伊勢出身吉川治太夫
宇都宮出身松本忠来
膳所出身北達良蔵
讃岐出身村岡宗四郎

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(平成某年某月某日識)

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