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短歌篇 嵐山〜


和歌を単線上に現代語訳するのは事実上不可能なので「大意」は半ば逐語訳です。
歌の風韻や詩情は原文から各々で構築しなおすことをオススメします。というか、してください。

秋の暮れ
嵐山 夕べ淋しく 鳴る鐘に こぼれそめてし 木々の紅葉
 [異文 [1]:嵐山 夕べ淋しく 鳴る鐘に こぼれ初けり 木々の紅葉]
●大意:嵐山の地で夕方ひっそりと満たされぬように鳴る日没の鐘に、溢れて染まり、散り始めた木々の紅葉。
嵐山……山城国の名所歌枕。大堰川の南岸・桂川の西岸に位置する紅葉の名所。
●夕べ……夕方。日の暮れたころ。
●淋しく……形容詞「さびし」の連用形。「さびし」は満たされない様、ひっそりした状態、寂寞、索漠、荒涼。
●鳴る鐘……嵐山ちかくの寺院から聞こえてくる夕暮れの時鐘 [2]
●こぼれ……「こぼる」の連用形。この歌では、あふれ出る事と散りおちる事の両儀をなす。
●そめ……色をつける「染め」と、動詞の連用形について「〜し始める」の意味をつくる補助動詞「初め」の掛詞。
●てし……接続助詞「て」 [3]に強調の助詞の「し」がついた形。「て」は完了の助動詞「つ」の連用形から転じたものとされ、この「て」が動作の完了と後文への接続を担当し、「し」はその事象を強める・強調する役目をになっている。
●けり……よく"気付きの「けり」"などと説明される詠嘆の助動詞。自己の外部にあった情報が自己の意識下に把握された場合などに、感動の意を含みながら用いられる語。

原書:坂本中岡弔祭会編『坂本中岡両氏遺墨紀念帖』(大石円所蔵)/底本:宮地佐一郎編『坂本龍馬全集』
●時期:慶応元年(1865年)九月ごろか

●解説
 脱藩後に龍馬の詠作がはじまったとおぼしい文久三年からのちに [4]、龍馬が嵐山の紅葉に出会えそうな時期を年譜からもとめてみると、文久三年(1863年)・元治元年(1864年)・慶応元年・慶応三年の四ヶ年に、秋(旧暦七月から九月)の上方(京坂神戸)滞在が確認できる。季期は歌の詞書が秋の暮れで、紅葉の散りはじめたという歌中の状況から、晩秋の九月ごろに詠まれた歌とみるのが順当だろう。この線でしぼりこむことが許されるなら、慶応三年九月は龍馬が長崎に滞在していたことで詠作時期より除外され、文久三年も京地よりはなれた在江戸 [5]とみられる。元治元年九月は大坂に移った西郷隆盛ら薩摩藩首脳部と、勝海舟塾退去後の身の振り方について交渉していたフシ [6]が見受けられるし、勝海舟日記や楢崎龍の回顧談にも龍馬の上京が九月のこととはみえていない [7]。一方で、慶応元年九月なら同年九月七日付の龍馬書簡によって在京も確認ができ、蓋然性よりこの時分の詠歌かと推測する。

イメージ写真「紅葉」

●鑑賞
 上句は取りたてて現代語に言いなおす要もないくらい歌意も明瞭な一方、下句には少しばかり説明をつけたす必要があるかも知れない。我が国古典文学において、紅葉(黄葉・褐葉、コウヨウ)を誘発する修辞上・観念上の"染め材"としては、時雨 [8]や露 [9]がまず代表としてあげられ、紅葉の場合にかぎらず物の色を赤に染めかえる材としては涙 [10]が「紅涙」の語もあってとくに著名だろう。歌はここで何がこぼれ、葉を色変えたのかまで明示していないが、鳴る鐘にの末尾が原因や理由をしめす格助詞の用法と解せるので、夕べ淋しく鳴る鐘に起因する、ややすずろともいえる涙のために木々も紅葉したのだと文脈から理解したい。ちなみにこぼれそめてしは、涙があふれて木々の葉色を染め変えた、といういま説明した意味のほかに、後文木々の紅葉にも作用して、散りはじめた木々の紅葉、との意味も形成する掛詞になっている。ここは涙を紅涙とみたて歌を詠んでいるわけだが、一方で落涙を降雨や露のイメージとかさねて享受することも、秋の世の露をば露と置きながら雁の涙や野辺を染むらん(『古今集』壬生忠岑)・世にふればいとど歎きの色そへて時雨に似たる我涙かな(『古今集』壬生忠岑)などの歌々から、許容というよりもむしろ龍馬の作意するところだろう。漫然とも唐突ともとれるこの涙は、鐘の音を契機に発露した秋の悲しみ[11]とも理解できるし、詞書にみえる秋の暮れを反映して、暮れ方の鐘によって惹起した暮れゆく秋への愛惜の念 [12]とも取れ得る。さらに慶応元年九月期に書かれた龍馬の書簡群 [13]を参考に、直接彼個人の心情にふみこんで、さびしい鐘の音にもよおした家族・故郷への懐旧の涙とも受けとれる。詞書や文脈にのみに限定して歌を解釈・享受するか、龍馬の個性をおりこんだうえで歌を解釈・享受するか、これ以上の最終的な受けどころは読み手の判断にまかせる。

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  1. mark_utarnhotyu.png 異文は『坂本中岡両氏遺墨紀念帖』にみえるもの。原書が行方不明のため、修辞や用字の正誤について確説はないが、けりで文で一旦切るより、接続助詞をふくむてしで文をつなぐほうが、意味を掛詞とあわせ繋ぎやすように感じられる。
  2. mark_utarnhotyu.png続千載集』後宇多院 嵐山ふもとの鐘は声さえて有明の月ぞ嶺にかかれる。嵯峨・嵐山周辺には昔も今も寺院が多い。
  3. mark_utarnhotyu.png 文法論によっては、動詞型助動詞につく「て」を助動詞として分類する場合もあるので注意。
  4. mark_utarnhotyu.png 斯く推測する理由については短歌篇「文開く〜」・考龍馬伝「詠作時期推考」などを参照。
  5. mark_utarnhotyu.png 龍馬の河原塚茂太郎宛の書簡や大久保一翁の勝海舟宛の書簡から、八月中旬より一〇月半ばくらいまで、龍馬は在江戸だったものと推測される。
  6. mark_utarnhotyu.png 当時の龍馬の動静について松浦玲『坂本龍馬 岩波新書』が簡潔にして明解。
  7. mark_utarnhotyu.png 一方で『勝海舟日記』・『千里駒後日譚』とも、八月のこととして龍馬の上京を記し伝える。
  8. mark_utarnhotyu.png 参考:『古今集』読人不知 神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なひのもり
  9. mark_utarnhotyu.png 参考:『古今集』藤原敏行 白露の色はひとつをいかにして秋の木のはをちぢにそむらん
  10. mark_utarnhotyu.png 参考:『古今集』紀貫之 紅のふりいでつつなく涙には袂のみこそ色まさりけれ
  11. mark_utarnhotyu.png 秋の説明しえない寂しさの表現歌は、物おもはでかかる露やは袖に置く眺めてけりな秋の夕くれ(『新古今集』藤原良経)、さびしさはその色としもなかりけり槙たつ山の秋の夕暮(『新古今集』寂蓮)など、その例は多い。
  12. mark_utarnhotyu.png 秋を惜しむ歌は、あすよりはいとどしくれやふりそはん暮行秋をおしむ袂に(『後拾遺集』藤原範永)・空もなを秋の別やおしからん涙ににたる夜はのむらさめ(『続古今集』宗尊親王)など、これも数が多い。
  13. mark_utarnhotyu.png このころ龍馬は故郷への通信を前年から一年以上もの期間をおいて再開しており、書簡内容やその数通という数からも懐かしさにやや堰切れの観がある。

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主要参考資料
坂本龍馬 岩波新書松浦玲岩波書店
歌ことば歌枕大辞典久保田淳・馬場あき子角川書店
勝海舟全集 別巻 来簡と資料松浦玲(編)講談社
龍馬の手紙 講談社学術文庫宮地佐一郎講談社
古典を読むための文法早わかり辞典国文学編集部学燈社
全訳古語例解辞典北原保雄小学館
和歌文学辞典有吉保桜楓社
歌枕歌ことば辞典片桐洋一笠間書院
史料が語る坂本龍馬の妻お龍鈴木かほる新人物往来社
追跡!坂本龍馬菊地明PHP研究所
坂本龍馬全集 増補四訂版宮地佐一郎光風社出版
新編国歌大観(1)新編国歌大観編集委員会(編)角川書店
坂本龍馬関係文書(1)日本史籍協会叢書日本史籍協会東京大学出版協会
坂本中岡両氏遺墨紀念帖坂本中岡弔祭会(編)坂本中岡弔祭会

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(平成二四年年三月二〇日識)

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